期間/2月15日〜4月3日  開館時間/8時〜5時30分
場所/松浦史料博物館

 
 
 「平戸温泉城下雛まつり」(2月15日から4月3日)が今年も始まろうとしています。今年で三年目を迎えるこの雛祭は、松浦史料博物館をはじめとして旧城下町の平戸商店街の至る所で雛人形が飾られ、期間中平戸の街は雛まつり一色に染まります。松浦史料博物館においては雛まつりの期間中、毎年松浦家に代々伝わる雛人形を展示していますが、今年はこれに加え静岡県伊豆稲取より松浦家の雛人形がはじめて平戸へ里帰りすることになりました。
 旧平戸藩主松浦家第33代誠信(さねのぶ)の娘寿免(すめ)姫(稲垣對馬守昭央室・文化11年没)のものと伝えられる古今雛と雛道具で、男雛の持つ太刀や道具類には金蒔絵で梶葉紋(松浦家家紋)が施され大変豪華なものです。この古今雛とは18世紀後半、文化の中心が上方から江戸に移り、あらゆる面で江戸文化が完成する時代に生まれました。それまで主流であった京風の享保雛や次郎左衛門雛から、写実的な顔と有識を無視して装飾性に富んだ衣装に変化した江戸生まれの雛人形で、もともと町人の間で流行り出したものでありながら、身分を越えて珍重され武家のなかでもこの古今様式が主流となりました。
 この里帰りする古今雛とあわせて展示されるのが、1808(文化5)年に寛政の改革で有名な老中松平定信の娘蓁(しん)姫が、松浦家第35代熈(ひろむ)に輿入れの時に持参した雛人形です。二対の人形(芥子雛)と梨子地に金の蒔絵で松竹梅が施された化粧道具や飲食具または文房具など百点にものぼる雛道具は大変豪華で精緻なものです。この芥子雛とは、芥子粒のように小さい雛人形という意味で、松平定信による「寛政の改革」の反動から流行したと考えられています。
 江戸時代中期以降年々町の雛祭りは派手になっていく一方で、その賑わいは我々の想像を超えていただろうと思われます。そこで幕府は民間の雛祭りに対してたびたび贅沢を禁止するお触れを出しています。例えば寛政元年の禁止内容では、「雛やそれとともに飾る人形は8寸(約24センチ)以上の大きさはいけない」、また、「雛道具も贅沢な蒔絵など手の込んだものを作ってはいけない」というものでありました。こういった幕府の厳しい統制に対する反発と、江戸っ子の心意気とがかさなりあって生まれたのが、小さくても豪華で贅沢な芥子雛や極小の雛道具です。
 今回はじめて里帰り展示される古今雛と合せてご覧いただき、日本の伝統技術の粋を感じ取って頂ければ幸いです。

− 松浦資料博物館学芸員 岡山芳治(長崎新聞2004年1月掲載) −

連絡先 松浦史料博物館
平戸市鏡川町十二番地
TEL.0950-22-2236
 
松浦史料博物館
 
 
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