龍門寺献茶茶会にて(美保美術館を訪ねて)
松親会 小関微笑子
 4月の声を聴いてもまだ肌寒い4月6日、姫路市の臨済宗妙心寺派天徳山龍門寺において、不生禅を説かれ鎮信公と親交を重ねられた盤珪禅師に対して、ご宗家による献茶式が執り行なわれました。
 私は、茶会の一席目の点前で、同時間にお寺恒例の大福茶*1と重なりお客様は少なかったのですが、かえって歴史を重ねた書院の静寂な空気の中で心地よい点前をさせていただきました。
 茶会では鎮信公のお茶杓(銘 つばめ)を使わせていだきましたが、指になじみ、とても掬いやすく、いままでになくお濃茶を滑らかに練る事が出来、改めて鎮信公の息の深さを感じさせていただきました。
 そして茶会の二席目に、ご住職の河野太通御老師が正客としてお入りになり、その席で河野御老師の90歳をお祝いして、門人一同よりの花束が奥方様より贈られました。御老師は突然のお祝いに驚かれたようでしたが、すぐに破顔になられお礼のお言葉を述べられました。お客様からも大きな拍手が沸き上がり一瞬にして和やかなお席になりました。
 点心の湯麺はお寺の寺庭婦人のお手製のようで、薄味でとてもおいしく、冷えた体に温かさが染みわたってお点前も終わったこともあり漸くホッといたしました。
 お水屋の方々のスムーズな連携により茶会の四席は滞りなく無事に終了させていただきました。
 翌7日はMIHO MUSEUMを訪れ、その参加者は京都に分宿いたしました。
 訪問時には、美術館は京都大徳寺塔頭の龍光院(りょうこういん)所蔵の国宝曜変天目他貴重な寺宝を展示しておりました。http://www.miho.or.jp/exhibition/daitokuji-ryokoin/  龍光院は慶長十一年(1606)大坂堺の豪商で茶人でもある天王寺屋・津田宗及の次男として生まれた江月宗玩和尚を開祖として建立されました。
 皆夫々に見学致し、昼食後、熊倉功夫館長がご挨拶にお越しになり、その後、龍光院住職の小堀月浦和尚をお連れになり皆様にご紹介していただきました。
 また龍光院には、松浦鎮信公(法印公)の碑が建立されておりますので、そのご縁も感じました。
 久しぶりに清冽な気の流れのある龍門寺の献茶茶会に参加させていただき、充実した時を過ごすことが出来ました。

*1 大福茶の由来(1693年の春、盤珪国師は松浦鎮信公と毎年春に龍門寺にて茶会を開く約束をするが、その年の秋に死去。約束を果たすために平戸藩主が霊前に茶を供えたのが大茶会の起源とされる。一時は途絶えたが、1954年に再開。奈良・西大寺の「大茶盛式」に倣って特大の茶わんを取り入れた。)